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南品川猟師町と朝鮮通信使

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 明暦元年(1655)の朝鮮通信使来日の折、昔の南品川宿3丁目居住の漁民が伝馬役を固辞したために、この兜嶋に強制移住させられたという。その信ぴょう性を裏付ける資料は見当たらない。 ちなみに品川宿の名主は、南品川宿が利田(かがた)氏、北品川宿が宇田川氏、猟師町が大島氏であった。 御菜肴八ヶ浦=江戸城への海産物献上を担った特権漁村8か所 →東京湾沿いの金杉・本芝・品川・大井御林・羽田・生麦・子安・神奈川 の漁港の一つ →各港に、漁船数を割り当てることで、漁業権の特権を掌握。 →品川漁師町の港では、帆で動く桁船による底引き網漁で漁業を営む → 南品川漁師町の鎮守 が寄木神社 今では、寄木神社は海岸線から遠く離れているが、品川海岸の埋め立てが始まる前は、絵に見るように、神社の目の前が海岸であった。参道とてなく、むしろ桁船で釣り上げられた水産物を売る小屋での声が聞こえてきそうである。その売り先は隣接する品川宿であった。 南品川宿一丁目から目黒川沿いの出先の砂州。