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正徳元年朝鮮通信使進物並びに進物目録(萩藩へのプレゼント)

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  朝鮮通信使進物が完全な形で伝来されている唯一の例 朝鮮王朝時に作成された進物の現品である。 以下は、次のURLからの転載 https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/sp/bunkazai/summary.asp?mid=110023 山口県指定文化財の検索 文化財の概要 文化財名称 正徳元年朝鮮通信使進物並びに進物目録 文化財名称(よみがな) しょうとくがんねんちょうせんつうしんししんもつならびにしんもつもくろく 市町 山口市 指定 国 区分 重要文化財 時代 江戸時代 一般向け説明  萩藩5代藩主毛利吉元が、1711年(正徳1)の朝鮮通信使から受納した進物およびその目録。目録により、人参・黒麻布・黄毛筆・真墨・色紙・栢子(はくし=チョウセンゴヨウの種子)・硯石・扇子が贈られたことがわかり、人参を除く他の品はほぼ当時のままの状態で残されている。正徳元年の朝鮮通信使は、徳川家宣が将軍職を継いだことを祝う使節であった。一行は8月29日に赤間関に到着して、9月1日に江戸に向けて出発しているが、赤間関での藩主自らの饗応に対する返礼として、同年11月13日に対馬藩主・宗家を介して江戸で贈られたものである。目録だけという事例は他にもあるが、目録とともに進物自体が残されているのは全国的にも例がない。 小学生向け説明  1711年、萩藩主毛利吉元がを赤間関(今の下関市)でもてなしたことに対し、そのお礼として朝鮮通信使から受けた贈り物とその目録です。朝鮮通信使は、江戸時代、将軍の代替わりなどの時に、朝鮮国王から派遣された使者です。この年の通信使は、徳川家宣が将軍職を継いだことを祝うために訪れ、江戸に向かう途中で赤間関に立ち寄りました。目録とともに、品物自体が残っているものは国内にこの他には見られません。 文化財要録 要録名称 正徳元年朝鮮通信使進物並びに進物目録  黒麻布   黄毛筆   真墨   色紙   栢子   硯石   扇子    目録   正徳元年十一月日通信使より毛利吉元あて  付長持     文化八年八月の入日記がある 指定区分・種類 有形文化財(歴史資料) 指定年月日 平成5年6月10日 所在地 山口市春日町8番2号 (山口県立山口博物館) 所有者 山口県 制作等の年代又は時代 正徳元年(1711)以前 目録 (正徳元年朝...

近江国近江八幡を経由した朝鮮通信使への馳走役

  ぶらりはちまん(資料)表1② 参向帰国正使副使従事官  第1次慶長12(1607、宣祖40) 閏4.7 (5.28) 徳永寿昌(美濃高須藩主)504名  第2次元和3(1617、光海君9)  <立ち寄らず>            428(78)名  第3次寛永元(1624、仁祖2)11.27 (1.9)小堀政一(小室藩初代藩主)   460名  第4次寛永13(1636,、仁祖14)11.27(1.15)  小堀政一及び市橋長政(西大路藩主)478名  第5次寛永20(1643、仁祖21)6.21( 8.20)小堀政一(小室藩初代藩主) 477名 第6次明暦元(1655、孝宗6)9.1(11.15)        小堀正之(小室藩2代藩主)                           山口弘隆(常陸牛久藩主)    485名 第7次天和2(1682) 8.8(9.25)                                                    小堀政恒(小室藩3代藩主)                                                                                                    ...

相模国で出された庶民へのお触れー朝鮮通信往来への注意書き

小澤 昭子 「 朝鮮通信使と神奈川 : 延享年中・宝暦年中の通信使来日と神奈川のかかわり」  『 神奈川県立公文書館紀要 』第6号、293頁から転載 →この論文は、小沢氏の労作である。こうした篤実な優れた研究が現在、日本各地で展開されている。管見の限りで、それらを積極的に紹介していきたい。  もはや朝鮮通信使礼賛啓蒙記事を書きなぐった方々からの研究を尊重しつつ、さらにレベルアップしていかなくてはならない。まずは、日本全国レベルでの関連資料発掘である。 その貴重な一里塚である。 <資料> 「覚」 此度朝鮮人来朝ニ付、往還村々通行之節、村々行義・作法宜并ニ自分の家廻り掃除以下家主共 随分心ヲ附、別而火之元無油断入念大切ニ可仕候事  一 村々喧嘩・口論ハ勿論、其外不依何事さわかしき義無之様申会、尚又役人可心附候事   一 書翰轎、朝鮮人、宗対馬守様御通行之節、往還通り村々表向見江候処者、作法宜仕、 男之分者土間ニつくはい可罷在候、女ハ床之上居候共、立候而不可罷在候、他所旅人ニ候と も断申達床ノ上不及申、惣而立せ申間鋪候 附り官人見物として罷出候者ニ有之候ハヽ、右申触候御作法宜様ニ申達取計可申候、他 所より参候者、声高或ハ不行義於有之ハ、家主越度ニ付候事   一 宗対馬守様御家来ニ迄茂惣而売物等高直ニ仕間敷候、其段下男下女迄茂堅可申付置候事   一 箱根宿其外小休之場所ニ而ハ別而心ヲ附、荷物等紛失無之様ニ可致候、御宿主共ハ勿論其 外押立候宿主之分ハ、上下着用可致事  一 小田原止宿之節者往還筋者勿論御領分近郷之者共、家主不寝番いたし火之元入念可申事   一 万一出火於有之ハ、欠付差図次第消鎮メ可申候、勿論随分騒働無之様ニ取計、往還通筋 出火之節者、向寄ニ集り罷在差図次第消鎮可申事 但シ往還通筋之節者 江浦筋村々ハ筋違橋町大蓮寺前 小森山角町王伝寺前 中筋土手内辺ハ浜手口御門外 東筋ハ唐人町   一 往還通村々ニ而、家並草履・木履等迄高キ所江不差置、下へ差置可申候事  一 乱心者等之儀弥入念事  一 往還筋江外村々より罷出候者共、諸事相慎慮外無之様ニ入念可申事  一 往還通村々、書翰轎・三使・宗対馬守様(33...

大変なんです!!、「宝暦14年正月、朝鮮通信使、大磯宿で昼休み休憩」されるとしても、その準備。

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本稿の目的は、  宝暦度の朝鮮通信使が対馬から江戸を往復するに、その準備方がいかに大変であったかを具体的に説明することにある。逆な見方をすれば、幕府が完璧なロジスティックス(失態を許さないおもてなし)を各宿場に求めていたかを紹介することにある。  本稿で取り扱う相模国大磯宿での滞在予定時間はわずか3時間の昼食の接待のために、だれが、いつから、どのようにして、接待準備に取り組んだかを考えたい。当然ながら、朝鮮通信一行や随伴する対馬藩一行は昼食を済ませて、何もトラブルもなく次の宿場へと向かう。  その資料とは、神奈川県立公文書館に保管されている下記の史料である。 基本情報 資料群ID 9200700009 資料群名 朝鮮通信使関係文書 資料ID 2200701003 資料名 【朝鮮通信使関係文書】朝鮮人御用中日記 差出人・作成者 渡辺半十郎手代 内山伴七 原資料・複製の区分 原資料 受入区分 購入 数量 1 箱番号 箱1 No.3 原資料の所在 05-06-09-00 資料形態 冊 閲覧複写情報 作成(刊行)時期未詳 宝暦14年正月 配架情報 30-00-00-00 審査状況 不必要 *表紙 「宝暦14年   甲申正月 相模朝鮮人御用中日記      御賄所渡辺半十郎下役  内山伴七  」 と ある写本である。 この文書は時系列で大磯宿の朝鮮通信使受け入れの状況を記述している。       まず、幕府派遣の御賄い方渡辺半十郎を紹介したい。https://www.digital.archives.go.jp/api/iiif/1194623/manifest.json 資料   簿冊標題 御馬預並 渡辺半十郎 明細短冊 請求番号 多008162 旧蔵者 多聞櫓 年月日 文久03年12月18日 年月日種別 作成 書誌事項 写本::: 数量 2枚 利用制限の区分 公開 二次利用の可否 メタデータの利用条件:  引用例をコピー [簿冊] 「 御馬預並渡辺半十郎明細短冊 」 ( 多008162 ) 、 国立公文書館デジタルアーカイブ 、 https://www.digital.archives.go.jp/file/1194623 ( 参照 2026-05-20 ) この記録によると、渡辺半十郎は本国が三河、生国が武蔵で、祖父や父...